アメリカ議会で提出された経済報告書から読みとく今後のブロックチェーン規制|BlockchainTopic
この記事のポイント
- アメリカ議会に提出された334ページにも及ぶ経済報告書で、アメリカ議会のブロックチェーン技術への前向きな姿勢が示されました。
- ブロックチェーン技術が医療を始めとした様々な分野において活用されることをアメリカ議会は期待しています。
- Regulationレイヤーにおける今後の動きを理解するには重要なトピックです。
※各領域についての概要・関係性については、こちらの記事をご覧ください。
はじめに
2017年から今年にかけて世界各国で仮想通貨に対する規制や法律の制定が活発化しています。
日本では2017年にいわゆる仮想通貨法が施行され、仮想通貨が決済手段として法的に認められました。
中国では取引所が閉鎖され、取引サービスの停止が発表されています。
そんな中、世界の大国であるアメリカでも、ブロックチェーン規制に関する動きが活性化しつつあります。
この記事では、アメリカの仮想通貨に対する規制や見解を概観し、先日提出されたアメリカ議会2018年経済報告書(The 2018 Joint Economic Report)を通して、アメリカ議会の仮想通貨とブロックチェーンへの姿勢を読み解いていきたいと思います。
これまでのアメリカの仮想通貨に対する見解
アメリカでは仮想通貨に対する議論や規制が早くから行われてきました。
2013年11月18日に開催された委員会公聴会では、ビットコインを始めとする仮想通貨に対してポジティブな見方が中心となりましたが、司法省は薬物や児童ポルノに関してデジタル通貨が利用されることを懸念しています。
2014年3月には、アメリカ合衆国国内歳入庁(Internal Revenue Service; IRS)がビットコインは通貨よりもむしろ「資産」であるとして、ビットコインによる支払い収入にはキャピタルゲイン税が適用されるという見解を表明しました。また、ビットコインのマイニングはその時点での市場価格に基づいて課税されるようになります。
時を同じくして、米国財務当局もビットコインに対して送金業について法規制を適用しながら認めていくことが決定。
さらに対金融犯罪執行ネットワーク(Financial Crimes Enforcement Network;FinCEN)が、仮想通貨ビジネスに対して、州ごとの送金業に対する免許や、マネーロンダリング、テロリスト資金援助を取り締まるためのデータ収集と報告を行わなければならないとの勧告を発表しました。
これらの動きは概ね「技術として活用の余地は大きく、市場としても魅力的だが、適切な規制や管理体制が不可欠だ」という姿勢にもとづいています。
一方、証券取引委員会(SEC)は、一貫して仮想通貨に厳しい態度をとっています。これは「証券」という軸で既存のスキームと比較した場合に、仮想通貨やICOを扱う業界全体に多くの課題が残るからです。2018年に入ってからは仮想通貨取引所の登録を義務付けるかたちで規制を強めました。
急速に発展を続ける仮想通貨やブロックチェーン業界については、業界の成長を阻害しない余白を残しつつ、適切な規制や管理体制を早急に整えていく必要があります。2017年という仮想通貨元年を経て、2018年はこの動きが今まで以上に活発になっていくことが予想されます。
それに先立ち、アメリカで発表された今回の報告書を理解することで、今後の仮想通貨を取り巻く動きを予測していきましょう。
アメリカ議会2018年経済報告書(The 2018 Joint Economic Report)
報告書の概要
今回提出された報告書はアメリカの合同経済委員会(Joint Economic Committee)によって作成されました。
この合同経済委員会はアメリカ議会の常任委員会の1つで、アメリカの経済情報を議会に報告するために1946年に設立されたものです。
合同経済委員会では定期的に経済状況の報告と改善案の提案が行われます。
今回の報告書は合同委員会が毎年提出する報告書で、2017年のアメリカでの経済状況をもとに334ページにわたる報告が提出されました。
この報告書の特筆すべき点は、第9章(P201~P227)全てが仮想通貨に関する報告に充てられた点です。
つまり、アメリカ経済を理解するには仮想通貨は無視できない存在になっているということが示されているといえるでしょう。
報告書の序盤には
議会はテクノロジーの発展・市場に対して、軽率な判断を下したり妨害するのではなく慎重な判断を下し、的確な指導をしていくことが大切である
新たなテクノロジーは政府自身の業務に対しても、さらに効果的なソリューションを与えるであろう
と述べられています。
ブロックチェーンと既存の市場との共存を実現を目指すアメリカ議会の意思がみえます。
特に議会はブロックチェーン技術が医療の場で活用されることに期待をしています。ブロックチェーン技術は医療の場での業務改善に貢献し、スマートフォンや、他のデバイスを使ったサイバー攻撃などにも強く安全な、データ運用を実現できるとも書かれています。
また、議会はブロックチェーンがグローバル化した経済に参入するために利用することができる、革新的な技術であるとも考えているようです。
報告書では
ブロックチェーンは、現実の全世界とインターネットなどの仮想空間で、私たちが行っている商取引の処理や、それに伴って生ずる書類などの取引の形態に革新をもたらすポテンシャルを持った、安全なデータ管理・伝達技術である
と書かれており、全体を通して、ブロックチェーン技術に対する強い期待を感じられる内容になっています。
特に9章では20ページ強にわたって、ブロックチェーン技術について触れられており、以下の3つのポイントが書かれていました。
①ブロックチェーンはアメリカのデジタルインフラを、あらゆる経済的な損失やサーバー攻撃から守ってくれるポテンシャルを持つツールである。
②ブロックチェーン技術は2017に主流になり、サイバーセキュリティーなど様々なメリットを提供した。
③ブロックチェーンは世界中のデジタル空間や経済に革命をもたらすかもしれない。ブロックチェーンによるイノベーションや、市場の拡大にともなう独自の規制をアメリカの機関は設ける必要がある。
ここからは報告書の9章を中心にまとめていきたいと思います。
仮想通貨への関心の高まり
報告書9章によると、2017年は「仮想通貨の年」と記述されています。
ビットコインの価格が急上昇したことや、イーサリアムなどのアルトコイン、ブロックチェーン技術そのものの知名度が向上したことについても触れられています。
ダウ平均が24%、S&Pが17%成長を遂げた株式市場ですら仮想通貨の市場と比べるとたいした成長率には見えない
とまで言っていることも印象的です。
P205-207では、ブロックチェーンや仮想通貨についての定義が以下のように残されています。
ブロックチェーンとは分散型台帳テクノロジーであり、ビットコインなどのデジタル通貨の基盤です。台帳とは1人からもう1人への資金の移動を記録する会計ツールです。
従来これらの記録は銀行、本部やPaypalサーバーなど、一箇所に集められていました。ブロックチェーンは従来の台帳テクノロジーを、分散型ネットワークで刷新します。
1つの中央集権型の台帳が全ての情報や取引を管理するのではなく、ブロックチェーンは何千もの識別可能な台帳を世界中のコンピューターやサーバー上に作ります。
また、PoWなどのコンセンサスアルゴリズムや、ビットコインとイーサリアムの違いについても記述があり、ブロックチェーン技術への研究が熱心に行われています。
実際の通貨としての仮想通貨
P207~209では、仮想通貨が実際の貨幣のように利用されるために、解決すべき課題が提示されています。
貨幣には3つの機能があります。価値の保存、価値の尺度、そして価値の交換です。
ビットコインの決済処理にかかる時間が長いことや手数料が高いことから、価値の交換媒体としての限界を示す一方で、プロトコルの改善やオフチェーンソリューションにより、トランザクションにかかる時間を縮小し、手数料も下げることで、実際の貨幣として使用される可能性もあることも認めています。
また、過剰なボラリティーが貨幣としての立場を悪くするとも指摘しています。
米ドルの価格変動による年間損失額の約2%と比較すると、暗号通貨の価格変動とその影響は全く予測できません。ボラリティーが下がることで、貨幣として今以上に使用されるようになるはずだ、との見解を示しています。
総じて、仮想通貨が一般に普及するためにはスケーラビリティ問題とボラティリティ問題が大きな障壁とされています。
ICOについて
P209~212ではICOについて、
ICOは新しい経済システムにおいて2つの要素を提供してます。それは資金調達とネットワークの創造です。
と、その本質的役割を分析しています。
2017年には、IPOとくらべてコストが低いことやマーケティング的な効果があることを理由に、ICOを積極的に行う企業やプロジェクトが多くみられました。
また、ICOを行ったプロジェクトのうち多くが、あまたのスタートアップと同様に失敗するが、生き残ったものはこの先何十年のインターネットやテクノロジーに影響を及ぼす、と推定しています。
SECはICOに対して厳しい姿勢を見せ続けていますが、それは投資家保護の観点が強く、ICOを行ったプロジェクトに対しては期待を寄せているようです。
ブロックチェーンのもたらすイノベーション
P212~215では、ブロックチェーンによるイノベーションについて書かれており、
決済アプリケーションとしての文脈で語られることが多いブロックチェーン技術ですが、分散型アプリケーション(DApps)の革新性について見落とされがちだ
と指摘します。
また、ヘルスケア領域や法律関係の領域を例として、ブロックチェーンがどのように変革をもたらすかを記述しています。
具体的には、医療データに関して以下のようなソリューションに期待を寄せています。
- 医療現場での決済(healthnexus)
- 臨床上の推薦事項を患者が守るための監視及び報酬の付与 (RoboMed Network)
- サプライチェーンによる薬物のトラッキング(MediLedger)
- サプライチェーン上の麻薬関連危機の発見(BlockMedx)
このように、アメリカ政府はブロックチェーンをプロジェクト単位で具体的に調査しており、今後の積極的な利用や主導が期待できるでしょう。
ブロックチェーンの悪用や問題点
P215~218では仮想通貨やブロックチェーンの課題、悪用の可能性について言及されています。
中央集権型の取引所がハッキングによって仮想通貨が盗まれるリスクについて、マウントゴックス事件や現在のCoinbaseを例に指摘しています。
さらに一部の経済学者が「およそ25%のユーザーが、ビットコインの違法なトランザクションに関わっているのではないか」と推測していることも取り上げました。
規制
P218~225では今後のブロックチェーンや仮想通貨の規制について検討されています。
証券規制
SECは証券登録や詐欺などへの懸念から、新しく発行される通貨に対して執行措置を取り始めています。
米国の証券法によると、ICOで発行される仮想通貨のほとんどは、
1, 彼・彼女の資産を
2, 共同事業の投資することができ
3, プロモーターや第三者によって
4, 利益を期待することができる。
という「有価証券」の定義に当てはまります。
しかし、一定の機能を有していないと判断された場合には、例外的に「有価証券」として認定されない場合もあります。
この線引が現段階では曖昧なため、明確な分類を行う必要があるとしています。
税制度
仮想通貨に対して、どのように課税をしていくかも議題にあがっています。
現行の税制度では、仮想通貨は「財産」として課税され、取引や価格の上昇による利益は「譲渡所得」とみなされています。
このため、仮想通貨による日用品の購入や店舗での支払いといった少額決済がしづらいという問題があります。
この問題に対して、2017年に提案された仮想通貨証券法は一定の基準を示し、600$以下の仮想通貨支払いは課税の対象から外れます。
仮想通貨証券法は現時点ではまだ正式に施行されていませんが、徐々に法整備は整いつつあるといえるでしょう。
送金
仮想通貨の送金に関する問題も取り上げられています。
報告書は各州に対して、日本における「資金移動業者」と同様の「送金業者(Transmitter)」になるための条件と必要書類を、明確かつ一様に定義・承認する一貫した州法を作成すべき、との方針を示しました。
しかし、全ての州で法律を制定するには時間がかかりすぎるため、アメリカ議会に対しても別の方法を探すように促しており、逐一そのメリットとコストを厳密に検証すべきだと指摘しています。
仮想通貨が多くの人に利用されるために送金は重要な要素です。
現在は送金のためのプロセスが煩雑で使いにくいため、ここを解決することがブロックチェーンの普及につながる重要なポイントとなるでしょう。
おわりに
アメリカでは「ブロックチェーンをどう取り扱うか」という問題について、民間だけでなく、議会や行政も活発に議論を行ってきました。
最後に、報告書のP225~P226で結論としてまとめられている4つのポイントを記します。
将来、様々な分野に応用できるできるであろう仮想通貨やブロックチェーンについて、政策立案者・国民ともに理解を深めていくこと
様々なセクターにおいて規制を作る立場にある人・組織が、規制の枠組みや定義、司法権などの整合性を保つために協働していくこと
詐欺・仮想通貨の盗難・技術の悪用を防ぐために、官民一体となって、ブロックチェーン技術の発展・普及をスピーディに実現すること
より効果的にブロックチェーンを活用するために、全ての政府機関がブロックチェーンを研究していくこと
全体として、仮想通貨やブロックチェーンに関するアメリカ議会の積極的な姿勢が示されたといえます。
ブロックチェーンがもたらす「非中央集権化」というムーブメントを「政府にとっての脅威」ではなく「民間企業の活性化」と位置づけながら、投資家を保護しつつ、コントロールが不可欠とされる医療や法律の領域は政府が主導権を握る。アメリカという国の強かさを再確認させられる内容です。
これを1つの試金石として、日本でもブロックチェーンに関する議論が活発化していくことを期待しましょう。
【参考資料】