「課題」と「経緯」から読み解くブロックチェーンの技術系統|Blockchain Insight
この記事のポイント
- ブロックチェーンを理解するためには、その技術が「誰によって、何のために生まれ、どのように育ち、何を実現しようとしているのか」という物語を読み解くことが近道です。
- Bitcoinという発明が、パラダイムシフトを起こし、多くの開発者が取り組むことで、ブロックチェーンの技術体系が生み出されてきました。
- 現在、ブロックチェーンの技術系統は大きく3つの類型に分けて考えることが可能です。
あらためて、ブロックチェーンはなぜ難しいのか?
GincoMagazineでは以前、同じ問いのもと、複雑化しすぎている「ブロックチェーン業界」と「ブロックチェーン技術」について、「レイヤー構造」という理解の枠組みを提供しました。
参考記事:ブロックチェーンの全体像を掴むための2つのレイヤー観
ただ、この記事は現在のブロックチェーン業界を縦軸で整理するための糸口ではあっても、なぜブロックチェーン技術がこれだけ複雑になってしまったか、の経緯を説明するものではありませんでした。
技術について理解を深める際は、その技術が「誰によって、何のために生まれ、どのように育ち、何を実現しようとしているのか」という経緯を読み解くことが重要です。
今回は、ブロックチェーン技術にまつわる大きなストーリーラインを提示することで、現状のブロックチェーン業界を理解していただく糸口となるような記事を書きたいと思います。
「発明」は「課題」への解答として生まれる
一般論として、発明やアイデアは、何らかの課題とセットだと考えることができます。
現状に課題を感じた人が、具体的な解決策として考案した技術の新しい組合せが「発明」であり、課題なしに生まれる発明はありません。
また、抜きん出た発明は、世間に広まっていく中で、世の中を変える大きな技術系統となります。
そこでまず、課題から技術系統が生まれるまでを以下の4段階に整理してみたいと思います。
- ある「課題」に対して解答としての「発明」が提示される
- 発明の「技術的構成要素」が分析される
- 発明が多くの人に伝播する際に、抽象度が高まり「パラダイムシフト」が発生する
- パラダイムシフトが実現する中で「技術系統」が育つ
例えば、「飛行機」という発明は「人が自由に空を飛ぶには?」という課題に対する答えとして生まれ、後に航空技術という大きな技術系統になりました。
また、電話という発明は「遠く離れた人同士がリアルタイムに会話するには?」という課題に対する答えとして生まれ、後に電話線網による通信技術という技術系統を生み出しています。
ブロックチェーンに関する情報で混乱が発生しがちな理由の1つに「Bitcoinという発明」「そこに用いられている技術」「それがもたらしたパラダイム」「そこから生まれた技術系統」が、整理されていないことが挙げられます。
Bitcoinという発明の背景にある「課題」
それでは、Bitcoinという発明を生み出した課題はなんだったのでしょうか。
2008年にBitcoinを発明したSatoshi Nakamotoは詳細不明の謎の人物ですから、実際に彼が何を夢見て、どのような課題を立てたのかを直接聞き出すことはできません。
しかし、彼が残した論文「Bitcoin: A Peer-to-Peer Electronic Cash System」には、以下のような課題設定が表明されています。
no mechanism exists to make payments over a communications channel without a trusted party. What is needed is an electronic payment system based on cryptographic proof instead of trust,allowing any two willing parties to transact directly with each other without the need for a trusted third party.
彼が設定した課題は「希望する二者が第三者機関を介さずに通信チャネル上で直接決済ができる仕組みが存在しないこと」でした。
例えば、振り込みによるお金の受け渡しには、銀行という仲介者が発生します。海外送金の場合は、それ専用の事業者がいます。
このようなかたちで、お金という情報を電子的に受け渡しする際には、必ず「信用のおける誰か」を介さなければならないところに、Satoshiは疑問を覚えました。
「なぜ現金を手渡すように、通信ネットワーク上でお金を支払えないのか?」
この課題に対して、Satoshi Nakamotoは「P2Pネットワーク」「公開鍵暗号方式」「ハッシュによる入れ子型のデータ構造」「コンセンサスアルゴリズム(PoW)」という技術の組み合わせを考案します。
Bitcoinが実現したもの
先述のとおり、Bitcoinという発明は、「P2Pネットワーク」「公開鍵暗号方式」「ハッシュ暗号を用いた入れ子型のデータ構造」「PoW(コンセンサスアルゴリズム)」という4つの構成要素から成り立っています。
それぞれが詳細にどう作用しあうかは、別の記事であらためて解説を行いますが、この仕組みをSatoshiは「A Peer-to-Peer Electronic Cash System」と名付けました。
また、このBitcoinの仕組みを通じて、全く新しいデータベース・ネットワークの仕組みがありえるということに、世界中の人が気づくことになったのです。
というのも、Satoshiの作った「現金を手渡すように、通信ネットワーク上でお金を支払う仕組み」は、以下の5つのことを実現するものでもあったからです。
Bitcoinのブロックチェーンが実現していたこと
- 単一障害点を持たず、全体が機能不全に陥りにくい、分散型のシステム(ゼロ・ダウンシステム)
- 中央の管理者がいなくても、悪意を持つユーザーを排除して、安定維持できるネットワークエコシステム
- 参加者同士が確認をしあい、改ざんが発覚しやすいために金銭などの重大な取引を扱える通信ネットワーク
- 過去との連続性・一貫性によって、真正さを保証するデータベースシステム
- 構築・運用のコストを抑えて実現する大規模で堅牢なデータベース
ここまでのまとめ
Satoshi Nakamotoは「現金を手渡すように、通信ネットワーク上でお金を支払う仕組み」として「Bitcoin」という発明を考案しました。
Bitcoinの発明は、概念的に「改ざんされない記録を、参加者全員で共有・運用する、管理者不在のネットワーク」でもあったため、新しいデータベースとネットワークの在り方を模索する契機となったのです。
Bitcoinがもたらした”サトシ・パラダイム”とブロックチェーン技術
新たな発明が多くの人の注目を集めるとき、発明者個人の想定した範囲を超えて「その技術を用いて実現可能になること」が多数発生します。
例えば、ライト兄弟の発明した飛行機は、「もっとたくさんの人を乗せて飛べたら?」と考えた人の手で旅客機という技術になる一方で、「空から地上を攻撃できるぞ!」と考えた人によって戦闘機という技術にもなりました。
このように、ある発明が結果的にどのような形で世に出てくるかは、その発明を目にした人が「具体的に何を実現したいと思うか」によって左右されるものです。
このように、特定の発明や発見が、前提として”ありえない”とされていたことを”ありえる”ように変えていく現象のことを「パラダイムシフト」と言います。
Bitcoinが実現したことは、ミクロで見れば「インターネット上で、現金を手渡しするように、電子的な支払いができる仕組み」というSatoshi Nakamotoの理想にすぎません。
しかし、この技術を目にした私たちは、そこから新たな可能性を模索しはじめました。
こうしてBitcoinという発明がもたらした”サトシ・パラダイム”によって、発展・拡張されているのが「ブロックチェーン技術」と呼ばれる技術体系なのです。
ブロックチェーン技術の系統を整理する
パラダイムシフトが、単一の発明を「技術系統」に育てていく
パラダイムシフトの初期段階においては、ほとんどの「出来るかもしれない」は「そのままでは出来ない」と同義です。そのため、私たちは「出来るようにするために、何が必要/不要か」を考えることになります。
このとき、私たちそれぞれの立場と価値観の違いによって設定される課題が異なるため、生まれる技術も分岐していくことになります。
大きく3つに別れたブロックチェーンの技術系統
ブロックチェーン技術の場合は、この技術系統が大きく3つに分岐しました。
第一に「非中央集権型の価値交換と価値保存システム」としての進化です。これは、Bitcoinの思想と技術仕様を最も色濃く受け継いだ系統です。
第二に「非中央集権型のプログラム実装・保全・実行環境」としての進化です。これは、EthereumがスマートコントラクトというアイデアをBitcoinの技術的構成要素に付け加えたことから生じた系統です。
第三に「分散台帳システム」としての進化です。これは、ブロックチェーン技術をいかに現実的なユースケースに落とし込むか、効率性と実現性を重視した結果生じた系統です。
非中央集権型の価値交換と価値保存システム
Bitcoinの技術的構成要素をほとんど変えること無く、当初の思想に基づきながら、用途に合わせて部分的に改良していったのがこの技術系統です。
オリジナルであるBitcoinの長所(セキュリティや匿名性、参加者の平等さなど)にこだわったものが多く、「通貨」的に取り扱われる前提で設計されたものがほとんどです。
加えられる変更も、処理能力を向上させる、ブロックサイズを変更する、といった部分的な仕様調整と、基本的な構成要素のアップデートによる機能強化に留まります。
【主なブロックチェーンネットワーク】
- Bitcoin
- BitcoinCash
- Litecoin
- Zcash
- DASH
- Monero
非中央集権型のプログラム実装・保全・実行環境
Bitcoinがもたらしたブロックチェーン技術を、より柔軟に捉え、自分たちの構想のために全く新しい能力を実装したのがこの技術系統です。
この技術系統はEthereumという発明が、「スマートコントラクト」というプログラム実行機能をブロックチェーン技術に取り込んだことで分岐しました。
この際設定された課題は「支払いという行為の背景には、契約や約束がある。そこを機能的に保証することでブロックチェーン技術は単なる支払いアプリケーションの域を遥かに超える次世代の技術になるのではないか?」というものです。
プログラムとデータベースを、改ざんできず誰もが共有する通信ネットワーク上で維持して、プログラムで実行された出来事が誰かの恣意的な決定に左右されない分散的なネットワークを作ろうと考えたのです。
Bitcoinの特性を残しつつ、世界中に張り巡らせたネットワーク上で動くOSを設計したといえば、イメージが湧くでしょうか。
この分岐によって、ブロックチェーン技術はBitcoinから大きく拡張した利用シーンを獲得しました。
現在はこのOS的な技術系統の中で、いくつもの拡張機能やアプリケーションが開発されています。
また、この利用シーンで問題となる処理能力などの問題を解決するために、Ethereumをベースにしながら仕様を調整したブロックチェーンが提案されています。
【主なブロックチェーンネットワーク】
- Ethereum
- Ethereum Classic
- NEO
- NEM
- Lisk
分散台帳システム
Bitcoinがもたらしたパラダイムシフトに対して、最も現実的に向き合っているのは、この技術系統の開発者たちかもしれません。
彼らはBitcoinと出会った時に「既存の支払いシステムやデータベースシステムとして用いるには、このシステムは無駄が多い」と考えました。
そこで「どんな利用シーンで」「何のために用いるか」をシビアに考えながら、「Bitcoin」という技術の原型にこだわることなく、構成要素を大きく変更したのです。
最も大きな変更点は、取引の処理効率を最優先して、ネットワーク全体の平等な参加者ではなく、一部の信頼機関の協議によって合意を形成するコンセンサスアルゴリズムを採用したことです。
また、データベースを参加者全員には公開せず、現実世界で重要とされるプライバシーや守秘義務を守ろうとします。
彼らはブロックチェーン技術を拡大的に捉え、分散台帳技術(DLT)という名称で、既存の金融機関や民間企業と連携しながら、現実世界における実用化に向けて突き進んでいます。
【主なブロックチェーンネットワーク】
- Ripple
- Hyperledger
まとめ
この記事では、ブロックチェーン技術について、「課題と発明から始まる技術系統の分岐」という考え方を用いてご紹介しました。
「仮想通貨」に注目が集まりがちな昨今のブロックチェーン業界ですが、この技術の現在の姿は「通信ネットワークを用いて、分散的に維持されるデータベース(または、そこで実行されるアプリケーション)」と考えた方が理解がしやすいはずです。
Bitcoinはこの技術群全体における「支払いアプリケーション」の1つになっています。また、Ethereumは「プログラム実行環境」というOSのようなものと考えて差し支えないでしょう。
これらのアプリケーションは、それぞれに通貨(またはトークン)を用いることが多いため、どうしても混乱が生じてしまいがちです。
ただ、そんな時にこそ、ブロックチェーンの技術系統を俯瞰してとらえていただければ、全体像がつかみやすくやるのではないでしょうか。
この記事を読んで、「さらに詳しくブロックチェーン技術を知りたい!」と思った方は、ぜひこちらの記事も御覧ください。
参考記事:ブロックチェーンの全体像を掴むための2つのレイヤー観
【参考資料】